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初心忘るべからず

初心忘るべからず

志を決して忘れてはならない。

この有名すぎる言葉は、室町時代の能楽者世阿弥が50歳代に記した「花鏡」奥義にある。

本当は、巷で流布される意味とは少しく違っており、
「初心」は志とかいうことではなく、「芸の未熟さ」として語られているらしい。

が、真意は世阿弥に聞かないとわからないだろう。

もう40年ほど前、世阿弥の謡曲文学を研究していた時期が、私にはある。

晩年に佐渡に流され、やがて80歳代でどうにか奈良の地に帰り、ひっそりと亡くなっていく数奇な運命に打たれ、
数年間足跡を辿ったり、謡曲文学を研究したりしていた、そんな時期が私にはあった。

201609夕
季節はいつもひさかに移ろう

田原本の補厳寺という世阿弥が晩年通った禅寺。
面影はほとんどなくなっていたが、ある夏の暑い日、ある方とともに訪れた、長い田舎道を、そしてそこから、ひたすら歩き続けたその頃の事
その時の一歩の踏み出しの瞬間・・・
くっきりと思い出される。
それだけ年をとったということだろう。

私は、その初心云々を、志と解釈している。
原文は
是非の初心忘るべからず
時分の初心忘るべからず
老後の初心忘るべからず

とある。
時分、その時々に応じた、と言う意味である。

志は、いわゆる立志、であるが
その志をひたすらに貫ける人は少なく、また軌道は常に修正される。
とすれば、歩む道のりの中での志の道程は、年齢や経験、立場に応じて違った形で建て直されてくるのが一般的かもしれない。
また、私自身が最近そうなように、自らの肉体、年齢等考えながら、残りの活動期を考えながら、今何が私にできるか、その中でとらえる志の姿も現われてくる。

軌道を修正したり、ある時は180度の展回に見える、そのことをして、志を変えた、と言うべきだろうか。

転生をかけた遠き使命を求め続ける道のりの今生の限界点を知る、と言うのがより適切なのか、その辺は難しいが。

201609朝
空は移ろう、人のこころもうつろう

いずれにしても、今

老後の初心忘るべからず

そこに立たされていることに間違いはない。

残された時間を尽力したい。
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NPO法人ワーカーズふろむさやま

Author:NPO法人ワーカーズふろむさやま
「住み続けたい街は私たちの手で」をミッションとして、大阪狭山市を拠点に、高齢者の介護相談や介護への社会的理解を促す活動を進めるNPOです。

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